(2)コミュニケーション障害2
●認知・知覚機能が低下している人とのコミュニケーション
①認知症の人とのコミュニケーション
認知症の人とのコミュニケーション難しさには、以下のような原因があります。
・記憶障害により、少し前に話したことを忘れてしまう。
・見当識障害のために、日時、場所、季節、時間などを認識できない。
・幻視・幻聴や作話などがあり、事実と違ったことを話す。
・認知機能の低下により、言葉が理解できない、言おうとする言葉が出てこない。
したがって、介護従事者は、利用者が正しい記憶や周囲の認識に基づいて会話をしているという前提には立たず、利用者がそれらとは無関係に、「今ここにある存在」として会話が成り立つように工夫することが必要です。
利用者が事実と異なる話をしても、介護従事者は、それを否定したり、無理に肯定したりせず、ありのままを受け入れて、事実かどうかを気にせず会話ができるような工夫をします。
認知症の人とのコミュニケーションでは、 ・さりげなく日時や予定を会話の中に入れる ・よく覚えている昔のことを話題にする ・ゆったりと会話をし、相手の言葉を待つ ・言葉が出にくい場合は、話の流れから合う言葉を出してみる など、会話を助ける援助を行い、コミュニケーションを促します。
また、認知症では、感情面は低下しないことが多いので、受容、共感的な態度、信頼関係の構築などが重要なポイントです。
特に、若年認知症のある人は、自信を喪失する傾向があるので、若年者特有の心理状態を理解し、本人が役立てる場面を作るなど、自尊心を支えるようなコミュニケーションをとることが大切です。
②高次脳機能障害の人とのコミュニケーション
高次脳機能障害は、脳梗塞、脳出血などの脳血管障害や、脳の外傷などにより、言語・思考・記憶・行為などの認知機能に生じる障害です。
失認、失行、失語症など、情報の理解や伝達、行動等に障害を受けますので、コミュニケーションをとることは、著しく困難になります。
・失認
視覚、聴覚、触覚には障害がないのに、対象を認知することができない状態。 自分の身体を自分のものと認知できない(身体失認、主に左半側失認)、物を見てもなにをみているかわからない(視覚失認)など。
・失行
運動障害がないのに、目的に合った動作や行動ができない状態。 服の着方がわからない(着衣失行)、使い慣れている道具が使えないなど。
・失語症
言語に関する高次脳機能障害がいくつか同時に合併した状態。 様々な型と特徴があります(次項参照)。
・前頭葉症状
いくつかの高次脳機能障害が合併して症候群を形成した状態。 脳が広範囲に障害され、判断や行動が困難になり、日常生活に支障をきたします。 利用者の困難な状態を理解し、尊厳を大切にした支援が必要です。
●失語症の人とのコミュニケーション
失語症は、脳の言語領域が障害を受けて現れる症状で、「話す」「聞く」「書く」「読む」ことの障害ほか、計算障害も同時に認められます。
失語症には、以下のようなタイプがありますが、特に「運動性失語(ブローカ失語)」と「感覚性失語(ウェルニッケ失語)」は問題によく出ますので、覚えておきましょう。
・運動性失語(ブローカ失語)
発語に必要な筋を支配し、言葉をつくる言語中枢(ブローカ中枢)が障害された失語症で、話の内容は理解できますが、話すことが流暢でなくなります。 読み書きでは、漢字はできるが仮名を間違えやすくなります。
意思の確認に、閉じられた質問を使うことや、絵カードを使った訓練などが有効です。
・感覚性失語(ウェルニッケ失語)
言葉を聞き取り、理解する言語中枢(ウェルニッケ中枢)が障害された失語症で、聞く内容が理解できない、流暢に話すことはできるが、意味不明で支離滅裂な発語(ジャルゴン・スピーチ)をするという特徴があります。
読み書きでは、読み誤りや書き誤りが非常に多くなります。 感覚性失語のある人には、50音表や絵カードは、有効な手段ではありません。
・伝導失語
人の話を理解することにはほとんど問題がなく、自発的には適切に話しができるのに、復唱が難しいもの。
・失名詞(失名辞)失語
健忘失語ともいわれ、発語は流暢で、聞くことの理解も良好、復唱も良好であるのに、ものの名前が出てこない失語症。
・全失語
ブローカ中枢とウェルニッケ中枢を含む広範な病巣があり、すべての言語機能が障害された失語症。
失語症のある人には、それぞれのタイプに応じたコミュニケーションの方法を工夫することが必要です。
また、失語症が原因で聴覚機能が低下することはないので、大きな声で話しかけても効果はなく、手話も有効なコミュニケーション手段ではありません。
(2)コミュニケーション障害1
コミュニケーション障害とは、発せられた情報を受け取ることから、その情報を認知・理解するまでのコミュニケーションの過程において、何らかの障害があり、コミュニケーションが達成できない状態をいいます。
コミュニケーション障害の要因を、その過程によって分類すると、①情報収集の障害、②情報理解の障害、③情報伝達の障害、④情報管理・維持の障害、に分けることができます。
また、このような利用者自身のコミュニケーション機能や能力に障害がある場合のほか、生活環境に問題があって情報収集がうまくできない場合にもコミュニケーション障害が生じることがあります。
●視覚機能が低下している人とのコミュニケーション
視覚に障害のある利用者は、聴覚機能(耳からの音声情報)や触覚機能(指先などが触れることによる情報)などを活用してコミュニケーションを図ります。
視覚障害では、言葉によるコミュニケーションはよくとれますが、非言語的コミュニケ―ションが十分にできません。このため会話に消極的になったり、会話のタイミングがうまくとれなかったりしますので、介護従事者は、利用者が言葉で表現しやすいように留意する必要があります。
視覚障害のある人のコミュニケーション手段には、①点字、②音声言語、③ポータブルレコーダー、④ハンドライティング(書字用下敷きを使い文字を書くこと)、⑤視覚補助具、⑥弱視眼鏡、⑦拡大鏡、⑧拡大読書器、⑨パソコンなどがあります。
点字は、指先の感覚を使って読む文字のことですが、点字の習得は難しく、点字を完全に使いこなせる人は、視覚障害者の1割程度で、中途障害者では、全く理解しない人もいます。
点字器(点字タイプライター含む)、点字図書、点字ディスプレイ(パソコン上の文字を点字化する器具)、拡大読書器、ポータブルレコーダーなどは、障害者総合支援法に基づく日常生活用具の対象品目です。
●聴覚機能が低下している人とのコミュニケーション
聴覚に障害のある利用者は、視覚による情報収集が重要な手段となります。
難聴者とのコミュニケーションのポイントは、利用者の正面に立って合図をする、表情や口の動きが見えるように、はっきり、ゆっくり、ジェスチャーをつけるなど、相手に分かりやすいように話しかけます。閉じられた質問を使って、確認しながらコミュニケーションをとることも有効です。
聴覚障害者とのコミュニケーション手段には、手話の他、読話、要約筆記、筆談などがあります。
読話とは、相手の口の動きや表情から音声言語を読み取り理解することで、中途失聴者でも訓練によって基礎的な読話は習得可能です。
要約筆記とは、会議などで話の内容を文字化して情報を伝える筆記通訳のことです。書く速さより話す速さの方が速いため、内容を要約して筆記します。
先天性や言語習得前に聴覚障害者となった人は、言葉を音として認識することが困難な場合が多いため、文章の読み書きが苦手な利用者もいますが、手話が上手く、手話を第一言語として使用している人が多くいます。
この反面、言語習得後に聴覚障害となった人(中途失聴者)は、言葉を話すことができたり、文章の理解も十分な人が多くいます。
しかし、手話の習得は困難な場合が多く、大人になってからの中途失聴者には、手話よりも筆談や要約筆記の方がコミュニケーションを取りやすい傾向がみられます。
●運動機能が低下している人とのコミュニケーション
コミュニケーションに関連する運動機能として、口唇、舌、口腔、声帯などの機能があります。この発声器官の機能低下により、発音に支障をきたした状態を「発話障害」といい、構音障害も含まれます。
構音障害とは、構音(声を出した後言葉を作り出す)器官の障害により、正確な言葉として伝えることができない状態のことで、器質性構音障害(口蓋裂など構音器官の形態障害によるもの)、運動性構音障害(脳血管障害などで構音にかかわる神経や筋肉が障害を受けたもの)、機能性構音障害(形態異常や神経系の障害がなく言語発達の遅れなどが関連するもの)に分けられます。
麻痺性構音障害とは、脳卒中や脳性麻痺などの中枢神経障害により、口唇、舌、軟口蓋、咽頭、喉頭など、発声・発語器官の筋肉や神経の病変によって構音障害が生じ、言語が不明瞭になります。
構音障害のある人は、話したいことは明確であるのに、うまく言葉で伝えられず、もどかしさを感じています。介護従事者は、言葉にうなずきながら、ゆっくりと話を聴くことが大切です。閉じられた質問を使い、利用者の意思を確認し、理解することも必要です。
構音障害のある人のコミュニケーションの手段には、筆談や五十音表、携帯用会話補助器(キーボードを押すと声が出る装置など、トーキングエイド)などのコミュニケーションエイドがあります。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)など重度の障害をもち、構音障害も生じている場合には、瞼や指先などのわずかな動きで操作ができる、重度障害者用意思伝達装置というパソコンのソフトが利用できます。
(1)利用者・家族とのコミュニケーションの技法2
●意欲を引き出す技法
利用者が意欲的に生活を送ることは、利用者の身体的・精神的な力を引き出すうえで大変重要なことです。
しかし、高齢者は身体機能や認知機能の低下や様々な喪失体験から、障害を持つ人は思うようにならないもどかしさなどから、意欲を喪失しやすい状況にあるといえます。
このような利用者が、意欲的に生活するためには、①共感する、②人間関係を活用する、③自己決定を尊重する、④ストレングスを活かす、というコミュニケーションが重要となります。
①共感する
介護従事者は、利用者の意欲低下に陥っている状況に対し、共感的にかかわることが他の技法を活用する際の前提となります。
②人間関係を活用する
他人のために役立つ、必要とされるということは、意欲の向上につながります。また、他人と会うために積極的に行動するなど、人間関係の活用によって、意欲を高めることが期待できます。
③自己決定の尊重
利用者が自分で物事を決定し、自分が人生の主人公となって主体的に生活することは、意欲の向上につながります。
介護従事者は、さまざまな場面で利用者が自分の意思で決定できるよう、支援することが大切です。
④ストレングスの活用 介護従事者は、利用者のストレングス(強さ、強み)を活かし、利用者の意欲を高めることを心がけることが大切です。
それには、利用者の生活歴などから、利用者の関心、願望、長所などの個人のストレングスを見極めることと同時に、家族の力、地域の社会資源やなど、環境のストレングスを活用することも重要です。
●利用者と家族の意向の調整を図る技法
介護の現場では、利用者と家族の意向の違いに遭遇することがあります。
利用者と家族の意向が一致している場合は、利用者が過ごしやすく生活を送ることができますが、相反する場合は、利用者が不利な立場に立たされたり、家族の負担感の増大につながることもあります。
このような場合に、介護従事者は利用者と家族の意向を調整することが必要となります。
利用者と家族の意向が異なる原因としては、①家族が利用者の状態を正しく理解していない、②家族の価値観で利用者のことを考えている、③家族の利益を第一に考えている、などが考えられます。
利用者と家族の意向が異なる場合、まず必要なのは、介護従事者は基本的に中立な立場をとること、家族が利用者の真の意向を理解するよう支援することです。
しかし、利用者が自分の意思を表現できない場合、介護従事者は利用者が自分の意向を伝えられるように支援するとともに、それが困難な場合は、利用者の代弁者として、利用者の意向を聴き、家族に伝えることが必要です。